四国遍路17日目 高知の難所 七子峠と初めての宿坊体験

 柳屋を後に

 柳屋の朝食は午前6時にお願いしました。

柳屋の朝食 豪華ではないですが気遣いが感じられる朝食です

 手前のかんきつは「小夏」です。時々道の駅や無人販売で見かけました。日向夏のように皮の白い部分も食べます。おいしいです。

 宿は午前7時に出発しました。

柳屋前のうっし~。女将の写真も撮りましたが公開しません

 出発時にはヘッドライトを装着しています。再開にあたり、一度送り返した荷の中で「必要」と判断し今回持ってきたものです。

 今日のコースはトンネルが幾つかあり、ほとんど歩道がない、とのことで安全重視で初めて装着しました。

 今日は土佐の難所の一つ七子峠を越え、37番岩本寺をお参りし、そのまま岩本寺の宿坊で泊まる、というコースです。

 

七子峠へ その1

 歩き始めると、足のご機嫌は悪くないようです。右小指は相変わらずべそをかいていますが、他の皆さんは痛みというより違和感といったレベルで、比較的快調に歩を進めます。そうはいっても慎重にならざるを得ず、時速5km弱のテンポで進みます。

 最初のトンネルがありました。

ヘッドランプをオン。マスクを装着します

 歩道のないトンネルですからできるだけ右端を歩くように心がけます。

またトンネル。同様にヘッドライトオン、マスク装着です

このコースで一番長いトンネル。1㎞弱あります。手前のボックスは安全たすきのボックスです

安全たすきでお接待を考える

 同じようなボックスは徳島にもありました。その時は交通量が少なかったのでお借りしませんでしたが、今回はお借りします。

トンネルを出ると

返却ボックス。ここでたすきを返します。

 ボックスの下には納札が何十枚も入っていました。先輩の遍路さんはこのタスキをお接待と捉えている証でもあります。

 ここでまたお接待について考えてしまいました。このたすきは個人というより行政が歩行者、特に遍路の安全のため設置したものでしょう。考え方として行政として当然のサービス、というのもありますが、このタスキのおかげで安全に通ることができました、と一般の方のお接待と同様、感謝の気持ちとして納札を入れるというのも判ります。ひとつカギとなるのはやはりお遍路は「よそ者」、ということなのではないでしょうか。その地に住んでいれば国であれ市町村であれ、当然の行政サービスとして受け入れるのが普通だと思いますが、遍路は四国全体を回りますから、例え四国在住であっても徳島の人は愛媛では「よそ者」です。「よそ者」として地域住民の方や行政にも、そのサービスについて感謝をする。その証としての納札なのではないか、と考えました。こうして考えるとお接待はかなり幅の広い概念なのではないか・・こうして整備された国道を歩けるのも国の「お接待」、休憩所で休めるのも地域住民の「お接待」。逆に遍路から見ればすべての自身に対するサービスが「お接待」として感謝の対象になる。つづめて言えば行政も含めたすべての自身が受けるサービスは感謝の対象になる、ということか・・

 「お接待」についてはまた触れることもあると思います。

七子峠へ その2

トンネルをいくつかぬけると道が下り、中土佐町になります。いよいよ七子峠へ登ります。ルートとしては昔からの遍路道である谷沿いに進み一気に峠へ登るコースと国道56号で山の尾根沿いに徐々に高度を上げ峠を抜けるコースがあります。重いザックを背負った立場では躊躇なく国道コースを選択しました。車が通る道ですから、ゆるい傾斜の上り坂が続きます。昨日の須崎への上り坂で嫌がった体も、今日は特に文句も無い様で息が上がることもありません。登坂車線のある所などではさすがに急な坂になりますが、全体としては楽に登れます。そうはいっても足のご機嫌伺で8km位で休憩しないといけません。七子峠への登りは人家もなく、自販機も無く、休憩できる場所も峠までありません。道路標識の下で何とか休める場所を見つけました。

リュックを降ろし、靴を脱ぎ、休憩中のうっし~

 この場所は峠まであと2kmの地点です。一気に峠まで行っても良い距離ですが前回の徳島での足の裏ズル剝けの反省として休憩までの距離はしっかり守る、がありますので窮屈な姿勢ではありますが10分ほど休みました。

 登りを再開するとほどなく

七子峠です

 峠を越えると、人家や自販機さえ無かった登りに比べ、下りでは

お店、それも複数。自販機もあります。トイレも

 あまりの違いに少し面喰いました。自販機で水分補給をして峠を降ります。途中で腹ごしらえのためうどん屋を見つけ入店しました。

うどん なかむらやの冷やしぶっかけうどんと天ぷら2品 620円

 考えてみれば高知で初めてのうどんです。外の看板には「セルフ」となっていましたが、うどんをカウンターで注文して受け取り、天ぷらなどは自分で皿にとって清算、水やコーヒーはセルフ、という店でした。ここでも靴を脱ぎ休憩しました。また明日の宿を予約しました。

 このあとは降るだけです。と言っても海岸より200m位高い場所ですから登ったほどは降りません。途中の畑でながのではあまり見かけない作物を大量に作っていました。

長い茎、長い葉、しょうがでしょうか

 確信が持てなかったので農作業中の方に「この作物はなんでしょうか、私の地元長野ではあまり見かけないので」と聞くとやはり「しょうがですよ。長野からの遍路ですか、頑張ってください」と農作業の邪魔をしたのに励まされてしまいました。

 この辺りから歩いている時、体が右に傾くようになってきました。腰と背中に痛みもあります。昨日さぼり癖がついてうまく動かなかった体が、今日は文句ひとつ言わず頑張ってきていましたがここで限界にきたようです。体を右に傾けながらよたよたと進みます。

 

37番 岩本寺 そして宿坊

 やっとの思いで岩本寺に到着です。これでいつものように長い階段でとどめをさされたらどうしようと恐れていましたが、街中にコンパクトにまとまった境内をもつお寺で助かりました。

岩本寺 門と山門

岩本寺宿坊

 ただザックを背負ったまま靴を脱ごうとしてバランスを崩し、玄関で転倒してしまいました。

 ザックを降ろすと背中はパンパンでした。

 部屋に荷物を置いて岩本寺のお参りを済ませました。その後すぐお風呂です。宿坊のお風呂は寮のお風呂のようで4~5人は湯船につかれる広さです。風呂上がりに洗濯をしながら、足のメンテと背中のメンテを行いました。ともに筋肉痛の薬を塗り、足は水泡のばんそうこうを取り替えます。水泡は今日の30kmでも休憩をしっかりとったせいか広がっておらず、胸をなでおろしました。

 食事の案内がありました。

岩本寺 宿坊の夕食 民宿と変わりません

 宿坊での食事でもお酒が頼めるのか恐る恐る聞いてみると、ビール、日本酒、焼酎ならありますよ、との有り難いお言葉。早速ビールと焼酎を頼みました。

 今日の同宿者は私を含め3名。一人は同じ長野県出身者で退職後から車での遍路を始め、もう20回目というベテランの遍路。70代半ばとのことですがとてもそうは見えません。もうお一人は神戸在住の50歳代。まだ現役ですからある程度の休みがとれた時に、区切り打ちとして車で来ている、とのことでした。

 遍路を始めて、宿で遍路同志で話をするのは高知で初めてです。ベテラン遍路から他の札所の情報を聞き、私は歩き遍路として体験したことを話しました。

 話をしてみて感じたのは、車の遍路と歩きではやはり見えるもの聞くものが違う、ということです。歩きはいろいろな経験ができますし、車では一日に何か所も回れます。どちらが良いとは一概に言えませんが、同郷のベテラン遍路さんが自分の家のお寺の住職(高野山真言宗だそうです)に一度は歩きをやってごらん、と言われていたそうです。

 明日の朝は6時から本堂でお勤めをご住職と一緒に行い、講話をお聞きします。楽しみです。

 

 本日の歩行距離  31.62km(ガーミン駆動時)

 本日の歩数   60,066歩 (歩数アプリによる)